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大阪高等裁判所 平成8年(ラ)445号 決定 1997年1月29日

主文

一  原決定を取り消す。

二  被抗告人(附帯抗告人)の本件申立てを棄却する。

三  本件附帯即時抗告を棄却する。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の主張

一  抗告人(附帯被抗告人、以下「抗告人」という。)

1 原決定を取り消す。

2 被抗告人(附帯抗告人、以下「被抗告人」という。)の本件申立てを棄却する。

3 本件附帯即時抗告を棄却する。

二  被抗告人

1 本件即時抗告を棄却する。

2 原決定主文第一、二項を取り消す。

3 被抗告人が原決定添付の別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)について、建物所有を目的とし、期間を本件土地引渡しの日から一〇年間とする賃借権を有することを確認する。

4 被抗告人から抗告人に対して交付されるべき一時金(権利金)の額を五八七万二〇〇〇円と定める。

5 被抗告人は、本件土地引渡と同時に、右一時金を抗告人に対して支払う。

第二  事案の概要

一  前提となる事実

1 被抗告人は、阪神・淡路大震災(以下「本件震災」という。)当時、神戸市灘区《中略》四番三の土地(一八七・〇三平方メートル、以下「四番三の土地」という。)上にあった一、二階とも各三戸の文化住宅(原決定添付の別紙物件目録記載二の建物、敷地約八八平方メートル、以下「旧建物」という。)のうち、二階東端の一戸(六帖の和室、押入付き四・五帖の和室、約三帖の台所、トイレ、以下「本件旧建物」という。)を抗告人から賃料一か月二万七〇〇〇円(敷金は二〇万円)で賃借していた。

2 ところが、旧建物は、本件震災により滅失した。

3 そこで、被抗告人は、抗告人に対し、平成七年四月三日、罹災都市借地借家臨時処理法(以下「罹災法」という。)二条一項に基づき、四番三の土地の一部である本件土地につき、貸借の申出をした(以下「本件申出」という。)。

4 これに対し、抗告人は、平成七年四月一二日付けで右申出を拒絶する旨の意思表示をした。

二  当事者の主張の要旨

1 抗告人

(一) 本件申出に対する抗告人の拒絶には、正当な事由が存する。すなわち、

(1) 抗告人は、七〇歳と老齢の未亡人で、四番三の土地上の自宅建物に一人で居住していたところ、本件震災により右建物は全壊し、現在、借家で生活している。そして、抗告人には、四番三の土地以外に資産はないから、建物を再築するには、土地の一部を売却するなどしてその資金を捻出しなければならなかったが、当初から被抗告人に賃貸する建物の建築に努力してきた。また、四番三の土地から本件土地を除いた残地の面積では、これから抗告人の自宅の敷地を除くと売却処分は困難で、抗告人の今後の生計にも支障が生じる。

(2) 一方、被抗告人は個人タクシー業を営むものであるところ、その営業所は、本件土地でなければならない理由はない。

また、被抗告人が賃借していた本件旧建物は、約二五平方メートルにすぎなかったのであり、同人が建物を建築する場合にも、本件土地のように、六九・五〇平方メートルもの広さの土地を必要としない。使い勝手が悪い、建築費が高い、住み心地が悪いなどを理由に、二階建より広い敷地を必要とする平家建建物を建築するための優先借地権を求める被抗告人の主張には合理的理由はなく、被抗告人の主張は権利の濫用である。

(3) 正当な事由は、審理終結の時点において既に存在し、あるいは予見できるすべての事情を考慮して判断すべきであるところ、抗告人は、既に本件土地に賃貸建物を再築することを明らかにし(以下、再築される建物を「新建物」という。)、建築確認も得て平成八年三月から工事を進め、原決定後に新建物の間取りを変更するなど本件旧建物同様の仕様に変更しており、被抗告人は、新建物について、優先借家権を行使することができるのであって、被抗告人に優先借地権の設定までも認める必要はないから、本件申出に対する抗告人の拒絶には正当事由がある。優先借家権には、賃貸人に対して旧建物賃借人の希望や要望に応じた新建物の建築を求める権利まで含まれず、新建物が賃借人の希望等に沿わなかったからといって抗告人の正当な事由が否定されるものではない。

なお、抗告人が新建物の図面の提出や着工が遅れたのは、阪神大震災による著しい混乱によるもので、やむを得ない事由があり、これをもって正当な事由がないとはいえない。

(二) 罹災法二条によって認められる優先借地権については、最初の期間は一〇年であるが、期間満了によって更新されるのが原則であるから、原決定のように、期間が一〇年であることなどを根拠に、借地権価格を更地価格の四〇パーセントとするのは不当である。

2 被抗告人

(一) 本件申出に対する抗告人の拒絶には、何ら正当な事由は存しない。すなわち、

(1) 被抗告人は、現在、仮設住宅に入居しているが、本件震災時には、本件土地付近にガレージを借り、本件旧建物に家族と共に親子四人で居住して個人タクシー営業をしていたものであって、子供達の学校の問題もあり、本件土地を離れて生活するのは非常に困難である。そして、被抗告人が借地を申し出ている本件土地は、建築法規に適合した一戸建建物(約三二平方メートル、押入付き六帖の和室、押入付き四・五帖の和室、台所、ユニットバス・トイレ)を建築するのに必要最小限の面積にすぎず、経済的側面や住み心地の点からすれば、平屋建建物の方が二階建建物より合理的である。

(2) 抗告人は、四番三の土地上に建物を建築すると主張するが、その意思はないものと思われるし、また、抗告人が所有する四番三の土地は、一八七・〇三平方メートルと広く、抗告人自身が本件土地を使用する必要性はない。

(3) 罹災法二条の正当事由の存否は、借地申出を拒絶した時を基準とすべきであって、平成八年三月になって建物の基礎工事を始めたからといって、正当事由が具備されるものではない。

(二) また、罹災法二条によって認められる優先借地権の始期は、本件申出に対する拒絶期間満了時ではなく、最終的に借地権が認められ、本件土地の引渡を受けた時と解すべきである。

(三) さらに、一時金の算定基準日は、裁判確定時であると解すべきであるところ、少なくとも鑑定委員会が採用した平成七年一月一日の公示価格から一年後の平成八年一月一日までの下落分を控除して一時金を算定すると、一時金の額は五八七万二〇〇〇円となり、右金員と本件土地の引渡しとは同時履行の関係にある。

三  争点

1 本件申出に対する抗告人の拒絶に正当な事由があるか

2 本件賃借権の相当な借地条件

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件申出に対する抗告人の拒絶に正当な事由があるか)について

1 一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一) 旧建物は、約八八平方メートルの敷地に建てられた二階建て共同住宅で、一、二階に本件旧建物と同程度の建物が三戸ずつあり、本件旧建物は、旧建物の二階東端の一戸で、六帖、四・五帖、台所、押入、トイレの約二七平方メートルであった。

(二) 被抗告人は、昭和六一年三月ころ、抗告人の夫であった亡乙山竹夫から本件旧建物を賃借し、右乙山が死亡後は、同人を相続した抗告人から引き続きこれを賃借し、妻と子供二人(平成七年七月当時、長女は中学校三年生、次女は小学校六年生)と居住していたが、平成三年一月から個人タクシーの営業を始め、抗告人の承諾を得て本件旧建物の六帖部分を営業所兼事務所として使用し、旧建物と東海道本線を挟んだ所にあるガレージを貸借していた。

(三) 抗告人は、大正一四年七月一七日生まれで、子供はおらず、夫を平成元年三月に亡くしてからは、四番三の土地上の旧建物に隣接する自宅建物に一人で居住し、旧建物の賃料で生活していた。抗告人は、旧建物が昭和三八年に建築されたもので、一戸は狭く、風呂もなかったことから、将来はガレージとして賃貸し、その賃料で生活しようと考え、新たに入居者を募集しなかったことから、本件震災当時、旧建物六戸のうち、四戸のみ入居(うち一戸は倉庫として使用)していた。

(四) 本件震災により旧建物及び抗告人の自宅建物はいずれも全壊し、解体、撤去された。

(五) 本件震災後、被抗告人ら家族は、当初付近の小学校の校庭でテント暮らしをした後、平成七年九月から仮設住宅に入居した。被抗告人は、平成七年七月当時五七歳で、転職も困難なこともあり、今後も個人タクシー営業を続けたいと考えており、平成七年二月中ごろからは新たに自動車を購入して個人タクシー営業を再開している。

(六) 抗告人は、本件震災により、不動産として四番三の土地を所有するのみとなった。そして、抗告人は、平成六年一一月一七日から平成七年四月一二日まで心因反応により神戸市立中央市民病院に入院し、現在も通院しているが、被抗告人は、同年三月二〇日ころ、入院先の抗告人を訪ね、約四三平方メートルの土地の賃借を申し出たが、抗告人は、弟と相談するとして即答しなかった。そして、同月二七日ころ、被抗告人は、抗告人と同人の弟の妻に偶然出会った際、弟の妻から、「ここには何も建てるつもりはない。早く出ていってほしい。」と言われた。

(七) 被抗告人は、弁護士に依頼し、平成七年四月三日、入院先の抗告人に対し、罹災法二条に基づき敷地の賃借の申出をしたところ、これに対し、抗告人は、同月一二日付け書面(代理人弁護士作成)で、抗告人は高齢であり、病気で入院中であって、今後多額の金銭的負担が予想されるところ、四番三の土地が唯一の財産であり、右土地を利用して抗告人の今後の生活を維持しなければならないので、利用方法を検討中であることを理由に右申出を拒否した。

(八) そこで、被抗告人は、平成七年六月九日、原審に対し、本件申立てをした。

被抗告人は、本件土地上にトタン葺きプレハブ構造の平屋建建物(六帖、四・五帖、台所、押入、ユニットバス・トイレの約三二平方メートル)の建築を計画している。

(九) 抗告人は、平成七年七月一〇日の原審第一回審問期日に、新建物を建築し、被抗告人に賃貸することも考えているとの意向を示し、八月九日の原審第二回審問期日には、四番三の土地に自宅を建築する資力はないし、抗告人の生活のため、右土地の一部を被抗告人に賃貸することは絶対できないが、本件旧建物程度の建物の建築も考慮する必要があるのではないかということであり、これについては、弟の意見に従う旨記載のある平成七年八月二日付け陳述書を提出した。また、抗告人は、いずれも被抗告人に賃貸する新建物の建築を考慮する旨記載のある平成七年一〇月二〇日付け主張書面及び同月二四日付け答弁書を原審に提出した。

(一〇) しかし、原審は、抗告人から新建物の具体的な建築計画等が示されなかったことから、平成七年一一月一三日、鑑定委員会に対し、本件土地の借地条件について意見を求めた。

(一一) 抗告人は、平成七年一二月六日、一、二階とも六帖、台所、押入、トイレの二一平方メートルの各建物からなる新建物の八四二万五〇〇〇円の見積書及び図面を添付し、右のような建物を建築する意思があるが、被抗告人の賃借期間、賃料を決定した後に建築請負契約を締結する旨記載した同日付け要望書を原審に提出したが、具体的な建築日程等は示さなかった。

これに対し、被抗告人は、右新建物を賃借することを拒絶した。

(一二) 抗告人は、平成八年二月二〇日、四番三の土地上に建築する木造二階建ての新建物の建築確認申請をし、同年三月四日、神戸市から建築確認を受け、建築に着手した。右新建物は、四三・八二平方メートルの敷地に、一、二階とも六帖、台所、押入、ユニットバス・トイレの二〇・三八平方メートルの建物各一戸がある。

原審は、平成八年三月一日の第四回審問期日で審理を終結し、同月二九日、原決定をしたが、その後、抗告人は、右新建物の一階の床面積を二六・三二平方メートル、二階の床面積を二〇・三八平方メートルとする設計変更を行った。

(一三) 被抗告人は、抗告人に対する新建物建築工事続行禁止等を求める仮処分を申し立てたところ、神戸地方裁判所は、平成八年五月二一日、抗告人に対し、新建物の建築工事続行禁止を命じる仮処分決定をした。

2(一) 右事実によれば、確かに抗告人は、被抗告人の本件申出を拒絶した当時、四番三の土地上に新建物を建築する具体的意思はなく、本件申立て後、建築の意思は示したものの、見積書や図面を示したのは拒絶の意思表示をしてから約八か月後であり、建築確認申請をしたのは約一〇か月後であることが認められる。

(二) しかし、抗告人は、本件震災当時六九歳の高齢の未亡人で、子供はおらず、一人で旧建物に隣接する自宅建物に居住し、旧建物の賃料で生活し、他に資産等はなかったものであるところ、本件震災により右自宅建物も全壊し、しかも入院生活を余儀無くされていた折り、被抗告人から本件申出があったのであるから、本件申出を拒絶した当時、新建物を建築する具体的意思がなかったことのみをもって、拒絶に正当事由がないとはいえない。

そして、抗告人は、拒絶の意思表示をするに際し、抗告人の資産状態から四番三の土地を利用して今後の生活を維持しなければならず、その利用方法を検討中であることを拒絶の理由として掲げており、原審の第一回審問期日以降、抽象的にではあるが新建物を建築して被抗告人に賃貸する意向も示し、その後、建築確認を得て建築工事に着工しており、抗告人が平成七年一二月六日に示した建物の見積額が八四二万五〇〇〇円であることからしても、新建物建築には相当多額の資金を要することは明らかであることからすると、拒絶の意思表示をした当時、新建物建築の意思が全くなかったとはいえない。さらに、抗告人は、現に本件旧建物と同程度の建物の建築に着工しているのであって、被抗告人において、右新建物を優先して賃借することも可能な状況にある。自らも被災して自宅を失い、四番三の土地以外にめぼしい資産がなくなり、自宅の再建すらできない抗告人が、多額の資金調達に目処をつけ、具体的に新建物の建築確認を得るまで一〇か月以上を要したからといって、右事実を正当事由の有無を判断する上で過大評価するのは相当でない。

3 他方、被抗告人は、今後も個人タクシー営業を継続する必要があることは認められるが、仮設住宅に居住しながらも既に新たに自動車を購入して営業を再開しており、本件震災前に賃借していたガレージも旧建物と東海道本線を挟んだ所にあって必ずしも自宅の至近距離にガレージがあったものではないし、個人タクシーの営業所兼事務所といっても、六帖、四・五帖、台所、押入、トイレの約二七平方メートルの本件旧建物の六帖部分を使用していたにすぎず、これに子供の学業のことを考慮しても、本件土地に居を構えなければならない必要性が高いとは認められない。また、抗告人が建築に着工した新建物は四人家族で住むには狭いものではあるといえるけれども、風呂場もなかった本件旧建物に比して利用価値に格段の差異があるとも認められないし、そもそも本件旧建物は、共同住宅の二階部分の一戸にすぎなかったのであるから、新建物が一戸建て住宅でなければならない理由もない。新建物が被抗告人の希望に沿わないものであるとしても、罹災法が認める罹災借家人の建物優先賃借権には、罹災借家人の要望に沿った建物の建築を求める権利まで含まれるものではない。

4 以上のような抗告人及び被抗告人の各諸事情を考慮すると、たとえ土地所有者は、罹災借家人の優先的借地権の申出に対し、右申出後三週間以内に拒絶の意思表示ができ、拒絶の意思表示をしないか、してもこれに正当事由がなければ、優先的借地権の申出を承諾したものとみなされ、期間満了時に賃借権発生の効果が生じる(罹災法二条二、三項)ことから、右拒絶の意思表示に正当事由があるか否かは右期間満了時を基準に判断しなければならないとしても、本件においては、右時点において、抗告人の拒絶の意思表示に正当事由があったと解するのが相当である。

二  よって、その余の点について判断するまでもなく、被抗告人の本件申立ては、理由がないから棄却すべきであって、これを認容した原決定は相当でなく、抗告人の本件即時抗告は理由があるから、原決定を取り消して被抗告人の本件申立てを棄却し、被抗告人の本件附帯即時抗告は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山本矩夫 裁判官 奥田 孝 裁判官 小野木等)

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